Trace the history of Breath

1979年 昭和57年 春 マスターが音響エンジニアとして某楽器店でデビュー、当時名古屋の草分け
センチメンタルシティーロマンスに出会いPA&レコーディングにのめり込む
1980年 昭和58年 巷ではポプコンなどYAKAHA中心にコンテストがはやり第1期バンドブームが到来
1982年 昭和57年 春 音響エンジニアとして社会人デビューしようとするが、仕事が無くプータロー状態
地元テレビ局などの勧誘もあるが意地を張って全て辞退
東京の日本最大手の音響会社H野音響チーフエンジニアに出会い東京に招待されるが
父親の病状悪化で実家の跡取としてあきらめる、この後父親は難なく復活!<なんでだ?
この年の夏に意を決して24時間テレビに協賛、全国のコンテストなどで知り合ったバンドを集めて
栄、久屋公園野外ステージを2DAYS開催これを期に音楽活動に終止符を打つ
1983年 昭和58年 夏 人生の転機第1弾到来
マスターの父親の経営する寿司文(当時は香取町にて営業)の3件隣より火災発生
寿司文までは延焼しなかったが水損などにより営業不可になる

当時寿司文の2号店(現Breath)が店長独立後閉店状態になっていた、そこで寿司文の
改装工事中仮店舗にする予定が老朽化によりかなりの工事になるという大工の判断
父親はプータローのマスターに逃がさないため?に”居酒屋をやれ!”命令を下す
このときマスターは若干21歳のクソ坊主!!(笑)
全てが自分中心に地球が回る!若さの特権&怖いもの知らずで気がつけば
11月15日無理やりの海風土OPEN
1984年 昭和59年 強引さがたたっか、開店一年間はかなり苦渋を飲むことになる<当たり前だ!
中日ドラゴンズ寮が近くにあったおかげで若手選手と懇意になる、このおかげか徐々に
地元での認知度も上がり、マスターお得意のチョウシコキ状態に突入!!

1989年 平成元年 毎日の無謀さがたたりマスター持病の喘息で緊急入院
このとき飯のまずさに驚愕!出前を取ったがこれもまずい!!
出前をやれば売れると、いつもの適当な考えで退院後宅配専門店を企画
父親の反対を押し切り海風土は店長に任せて意地で一人ではじめた
初めはチラシ配りがすぐに効果が現れず迷ったが3日後から電話がパンク状態に
時代は世間と同じ黄金期(バブル)に入る

この間名古屋の繁華街の帝王となり(笑)毎夜インタ-ナショナルな交流に明け暮れる

1993年 平成5年 自分がバンドをやりたいがために 遊ingプロジェクト結成 
第一回 遊ingExciting Camp 岐阜県花の湖キャンプ場にて500人参加

1994年 平成6年 第二階 遊ingExciting Camp 岐阜県加子母村キャンプ場にて500人参加
宅配部門の好調な売上のため別部門でカレー専門店”華麗屋”をOPEN
物めずらしもあって(COCOイチ宅配以前)好調な出足

1996年 平成7年 クラブダイヤモンドホールにてライブを開催 入場者500人を記録
友人と女子大にて怪しい?PUBをOPEN!驚異的な売上を出し、勘違いが加速度


1997年 平成8年 クラブダイヤモンドホールにてライブを開催 異例の入場者780人を記録
徐々にバブル崩壊の兆しが見えてきて売上大幅ダウン
1998年 平成9年
バブル崩壊後の経営不振奪回のためスーパーでのインストア惣菜店”ゆめ亭”をOPEN
名古屋市中村区文化ホールにてレコーディングライブを開催
初のCDアルバム”夢”をリリース
1999年 平成10年 遊ingプロジェクト公式サイトを開設 
同時にインターネットラジオRADIOWAVEを開
2000年 平成11年 ミニFM局 ”FM RADIO WAVE開局 名古屋87.7MH

2001年 平成13年 ついにバブルの爪あとが大きく増大してくる!今後の店舗運営に支障が出る
決断の時が来た。某銀行支店長に目指せ!”オンリーワン”おまえの一番自信があって
強いもので勝負しろ!この一言で全てが見えて自分自身にケリがついた
長年夢物語で見た飲食店と音楽の融合、これしかないと思った
しかし不安ばかりだ、友人に相談しても反対される。でも自分はいつも突き進んできた
結果はどう有れ後悔はしたくない、同じ後悔するならもがいてもがいて納得して後悔しよう
反対した友人たちは言った、やっぱりな、どうせやると思ったよ。おまえが決めたなら俺たちは
精一杯バックアップするぜ!<力強い一言だった
店の名前も新規一転、変える事にした。
それは自分自身に言い聞かせるために、最後のチャンスだ最後の息継ぎだという意味をこめて
BREATHと名づけた。そして工事は始まった
約2ヶ月間の工事期間、電気配線はもとより店内装飾全て自分でやった、
心強い女房子供も一緒に考えてくれた、もちろん友人も
たくさん手伝ってくれて自分たちの店を作ることが出来た。大満足であった。
12月1日(土)、長い間自分の心の中にしまっておいた夢の店が稼動し始めた


2003年 平成15年
海風土から数えて20年になる、自分も年をとったが店も年輪を重ねた。
20周年で懐かしいお客さんもかけつけてくれた、そして今のお客さんたちも
多くのお客さんや気の良いSTAFFに囲まれて俺は本当に幸せだ
俺は20年でさまざまなことにチャレンジしてきた。今でもそうだがあまり結果は気にしない
出来て当たり前なら誰でもやってることだ、出来ないからチャレンジする、すぐに出来ないから
知恵を絞って悩んで、面白いんだ!これが俺の20年の歴史だ。
これからも常に刺激を求めて
周りに旋風を巻き起こしてやる!
もう少しの間突っ走ってやろう

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